東京高等裁判所 平成10年(う)1980号 判決
しかるところ,被害者は,本件被害状況につき,当夜就寝中,布団の中がもぞもぞして一寸おかしいと思い目が覚めた,陰部を撫でられたような感じで触られているので,そのまま10秒位して恐る恐る布団と一緒にゆっくりと上半身を起こした,最初夜勤の夫が早く帰ってきたのかと思ったが,夫ではなかったのでびっくりした,左膝を揺すられたという感じは受けなかった旨供述し,当審においても,同旨の供述をしている。
これに対し,被告人は,逮捕当初から住居侵入の事実は認めるものの,準強制わいせつの事実を否認し,布団の上から膝を揺すっただけである旨供述している。すなわち,被告人は,D子方前付近から自宅に帰る途中にB方があるのを思い出し,看板残代金の一部でも支払おうと思い至り,B方に寄ろうと思った,玄関ドアには錠がしまってなく開いたが,被害者方は寝静まっている様子だった,非常識であることも分かっていたが,Bらは被告人のことを分かってくれると思った,玄関先でB'いませんかと何度か声をかけたが,返事がないことから靴を脱いで上がり込み,左手奥の居間をのぞいたところ,そこにおばさんがうつ伏せで寝ており,またその奥の和室には,おやじさんが寝ているのを見て,Bの家では母親だけであることから一寸おかしいなと思いながら,一旦玄関先へ戻り,再び居間へ行ったところ,おばさんが和室に移って寝ているのを見て同人が起きて寝場所を変えたと思って玄関へ戻り,同人が起きて来るかと玄関のタタキに下りて暫く待ったが,起き出て来なかったことから,玄関右脇のBの妻が寝ていると思われる部屋の引き戸を開けて,同居室内に入り込み,ついていたスモールの電灯で被害者の寝顔を見た,Bの妻と顔が違うと思ったものの未だ違いに気付かなかった,そこで,Bの妻に看板残代金の一部を払おうと思い,被害者を起こそうと,まず,あお向けに寝る被害者の左脇の腰辺りあるいは枕元で踊ったが,起きないので,左足の下のところまで行くと,左膝を立てていたので,布団の上から掌を当てて前後に揺すった,同人の陰部,股間を触ったというのは,被害者が勘違いしているのだと思う旨供述している。
3 原判決の検討と本件準強制わいせつ罪の成否
原判決は,概ね前記1と同旨の事実を概括的に認定しながら,被告人が被害者をBの妻と思い,同女を起こしてBの所在を尋ねようなどと考えて被害者の左膝の辺りを掛け布団の上から揺すったところ,それまで熟睡していた同女が自分の脚や体が揺れたのを陰部を撫でられたものと錯覚,誤解した可能性を否定できないとしている。しかしながら,原判決の右の認定は,被告人の弁解供述を踏まえ,被害者が寝ていたことから単純にそのような可能性があるとしているだけであって,着衣の上から陰部を触られたと明確に供述する被害者の供述の信用性についてはもとより,当時の状況や被告人と被害者とのやり取りなどから,被害者が錯覚,誤解する状況があったか否か,また不自然不可解な点が多々認められる当夜の被告人の振舞いとその弁解供述の信用性の有無等について,十分に対比検討しているとはみられない。
そこで,右の点を踏まえ,原判決の認定の是非及び本件準強制わいせつ罪の成否について検討する。
まず,被害者の供述は具体的で自然であり,格別不可解な点がない。被害者が被害直後,直ちに同居している夫の両親に告げていないが,これも,着衣の上からとはいえ陰部を触られたことを知られたくなかったので言わなかったというものであり,不自然とはいえず,むしろ羞恥心を醸しだすような被害があったことを示唆するものであり,なお,その日の朝には親しくしている義妹に連絡して相談し,帰宅した夫に打ち明けて警察に届けているのであって,経過としても自然である。また,被害者は寝入っていたとはいえ,触られていると感じて飛び起きたのではなく,様子をうかがいつつ10秒位して起きたというものであり,時間の正確性はともかく,目覚めてから起きるまでに間があったことは疑いを入れないし,目覚めて後の被告人とのやり取りをみても,勘違いや寝ぼけているような点は全くうかがわれない。被害者の供述の信用性を疑うべき事情は認められない。
他方,被告人の当夜の振舞いとそれに関する供述については,一瞥するだけでも不自然,不可解な点が数多く指摘できる。すなわち,被告人は当夜飲酒酩酊していたとはいえ,自動車を運転してCを自宅付近に送り届けた後,断られたとはいえ,携帯電話を利用してホステスを誘っており,また,B方に侵入しても,騒ぎ立てたりすることもなく,寝ている家人の誰にも気付かれないように行動している上,目覚めた被害者とのやり取りをみても,事態に即応した巧みな言動をしてその場を取り繕っており,当夜の記憶も明瞭に保たれていることからみて,酔っていたため異常な行動に及んだわけではないことが明らかである。しかるところ,まず,被告人が深夜にBを訪ねてまでして同人に看板残代金の一部を支払おうとしたというが,その理由が不自然である。すなわち,被告人は,「甲野」でBから看板残代金はまとめて支払えば良いと言われているのに,そのような行動をとること自体おかしいが,また,そのためこのような行動に出たと言いながら,本件後平成11年2月まで支払わずに放置しているのも,不自然である。また,その訪問の仕方も不可解である。すなわち,被告人は,被害者方に駐車スペースがあることを承知しておりながら,50メートルも手前に自車を止め,わざわざ歩いて被害者方へ出向いている。そして,更に,仮に,Bの家と思い込んでいたとしても,被告人は,被害者方駐車スペースに駐車車両がなく,Bが帰っていないのではないかと思いながら,寝静まっている他人の家に許しも得ず勝手に上がり込んでいることも,また,その後,目指すBがいないことを確かめながら,なお,その妻を起こして支払おうというのも,実に不可解である。このような行動に出た理由について,被告人はBやその妻と親しいようなことをいうけれども,仮にそうであったとしても不自然であるが,証拠によれば被告人は平成5年ころにBの下で1か月程アルバイトをした際,数回同人方に上がったことがある程度であり,その後前記看板残代金の支払を放置してここ2年位は音信不通の間柄にあったものであって,被告人のいうほど懇意であったとも認められない。しかも,被告人は,被害者方へ入るに際し玄関チャイムは鳴らさなかったが,ドアを開け2,3回「B'いませんか」と声を掛けたというのであるが(いずれも後掲乙2,6),玄関でチャイムを鳴らさなかったのは家人を起こしてしまうと思ったからであると述べていることや(乙6),被害者の部屋へ上がり込むに際しても,上がり込んで被害者を起こすに当たっても,一度も声をかけていないことと整合しない。また,侵入後の行動も不可解至極である。すなわち,家人が起きてこないのに,勝手に居間等室内に上がり込むことも,Bの母と思われる女性を認めながら何ら起こそうとしていないことも,また,被告人が知るBの家族と明らかに異なる男性の存在を認め,殊に被害者の部屋へ入り込んで被害者の寝顔を見ながら,被害者とやり取りするまでB方ではないことに気付かなかったということも,いうほどに親しいのであれば不自然である。それにもまして,勝手に他人の妻と幼児が寝ている部屋に上がり込み,起こすに当たって一度も声をかけず,布団の上からとはいえ,膝を数回揺するとか,ましてや,被害者の腰脇か枕元かはともかく,踊ったなどというのも到底理解できる行動ではない。被告人は,半分ふざけた気持ちや,寝ているなら半分ふざけて脅してやろうなどという気持ちがあった旨供述しているが(乙2),そのような振舞いができるほどの関係はうかがわれない。ましてや被害者とのやりとり等も不可解で,起きた被害者との前記やり取りの内容も,居直り,取り繕ったりしているもので見知らぬ他人の家に侵入してしまったことに気付いた後に取るようなものではない。また,この間,一度も看板残代金の支払いのことも口にしていないのである。被告人は,被害者が引っ越してきたばかりですと言ったので初めてB方ではないことに気付いた旨供述するが(乙2,5),被害者はそのようなことを言っていない旨供述しているし,被害者家族が引っ越してきて既に1年以上を経過していることからみて,被害者がそのようなことを言うとも思われない。加えて,Bは,「甲野」で飲酒中,被告人に,家を別に買って被害者方の借家を出たことを話しているのである。
このように,被告人のその夜の行動とその弁解供述には余りに不自然,不可解な点が多過ぎて,枚挙にいとまがない。
確かに被告人は,被害者に気付かれても逃走しておらず,また,被害者に対しBとかB'の名を出し,またAと自己の名を名乗っている。しかし,これは,被害者が騒ぎ立てなかったこと,顔を見られていること,逃走すれば却って疑われること,以前Bが被害者方に住んでいたことは事実でありB方と勘違いしたとして言い逃れできる余地があることなどから,被告人がB方と勘違いしたように装ってその場を取り繕った疑いが濃厚であり,いずれにせよ,右の点をもって被告人の弁解供述が信用できる根拠とはなしがたい。
対して,本件では,被告人が被害者の身体を触ったのは,被告人,被害者いずれの供述からみても,瞬間的なことではなく,それなりの接触時間を要しており,この点からも勘違いする状況はうかがいにくい上,着衣の上からとはいえ,陰部を触られたことと布団の上から膝をゆすられたこととを勘違いする状況も考えにくい。また,被害者が上半身を起こした時の状況は被告人が正座して前屈みになっていたのであり,これは被害者のいう状況に符合し,この様に被告人が隠れるような動作をしたというのも,寝ている人を起こそうとするものの取る行動としては不自然である。更に,被告人はD子に執拗に付き合いを迫ったが断られて欲求が満たされないでおり,そのはけ口を求めたとしても不自然でない状況もある。
以上の諸点に鑑みれば,被害者の供述の信用性に欠けるところはなく,他方,被告人の弁解供述に信用性がないことは明らかであり,また,被害者が勘違いするような状況もうかがわれないから,これらを踏まえ関係記録を総合すれば,被告人が本件準強制わいせつの犯行に及んだことを認めるに十分であって,原判決が指摘するような合理的疑いを入れる余地はない。この点,原判決は,証拠の評価を誤り事実を誤認したといわざるを得ない。そして,右準強制わいせつ罪は住居侵入罪と牽連犯として科刑上一罪の関係にあり,一個の刑を言い渡すべきものであるから,右誤りが判決に影響することも明らかである。原判決は破棄を免れず,論旨は理由がある。